顧客が“自分ごと化”する事例活用術 ― 商談ヒアリングを円滑に進める方法

商談で事例を紹介しても「へえ、そうなんですね」で終わってしまう――そんな経験はありませんか?

事例は単なる信頼獲得の材料ではなく、顧客が“自分ごと化”して発話を始めるきっかけになります。
本記事では、事例を「問いの引き金」として活用し、ヒアリングを円滑に進める方法を解説します。

営業マネージャー

せっかく実績紹介をしても、お客さまが“へえ、そうなんですね”で終わってしまうんです。そこから先に広がらなくて…。

コンサルタント

多くの企業が同じ悩みを抱えています。事例を“説明資料”として一方的に伝えるだけだと、顧客にとっては自分事にならないんです。
その結果、本当に聞き出したいニーズや課題が引き出せないまま商談が終わってしまう。

このように、事例を“見せるための道具”にとどめてしまうと、ヒアリングの入口を閉ざしてしまうリスクがあります。
しかし逆に、事例を“問いを生み出す仕掛け”として活用すれば、顧客は自分の状況に置き換えて語り始めるのです。これこそが「自分ごと化」を促すポイントになります。

この記事でわかること
  • 事例を「実績紹介」ではなく「問いの引き金」として活用する方法
  • 日本の中小企業商談における“自分ごと化”のポイント
  • 実際の商談で使える会話例と実践ステップ
目次

イントロダクション ― なぜ事例が“自分ごと化”を促すのか

商談の場で顧客が積極的に話し始める瞬間をつくるのは簡単ではありません。

特に日本の中小企業では、初対面や関係構築が浅い段階では「相手に深入りしたくない」という心理が働き、顧客が本音を語りにくい状況があります。

そこで効果を発揮するのが「事例」です。単なる実績紹介ではなく、あくまで会話のきっかけとして事例を提示すると、顧客は「自社の場合はどうだろう」と置き換えて考え始めます。

事例が効果を発揮する3つの要因

研究調査によれば、事例が有効に働くのは以下の要因があるからです。

  • 近さの要素:業界・規模が似ていると「自分の話」として捉えやすい
  • 成果の具体性:数値やビフォーアフターがあると説得力が増す
  • 文化的背景:日本では「同調・前例」が安心材料として強く作用する

このように、事例は顧客に安心感を与えつつ、次の会話を開く“問いの引き金”となります。

例えば、営業が「同じ従業員30名規模の製造業A社では、案件管理が属人化していたのですが…」と話を切り出すと、顧客は「うちも似た課題を抱えている」と思い浮かべ、そこから具体的な質問や課題共有につながります。

つまり事例は、信頼獲得のために語る“成果の自慢話”ではなく、顧客が自分の状況を語り出すための仕掛けなのです。

事例を商談で活用するイメージ

テーマ例:営業活動の管理について
営業担当

同じ業界で、社員数も御社と近い30名規模の会社がありまして。そこで営業ごとに管理方法がバラバラで、受注漏れがよく発生していたんです。

そこで弊社のツールを導入した結果、案件の進捗が見える化され、会議準備の時間が半分以下になった事例があります。

商談相手

なるほど…。実はうちも営業メンバーごとにやり方が違って、私が確認にかなり時間を取られているんですよ。

営業担当

やはりそうですか。ちなみに、一番大変だと感じるのはどの部分でしょうか?

商談相手

案件の引き継ぎですね。担当が変わると情報が追えなくなって、結局私が全部聞き直すことになるんです。

事例活用の落とし穴と気づき

事例は商談を前進させる強力なツールですが、使い方を誤ると逆効果になってしまいます。特に中小企業の営業現場でよくあるNG例は次の3つです。

  • 自社目線で事例を選んでいる
    「見せたい事例」を優先し、顧客の業界・規模・課題と関連性のないものを提示してしまう。結果、顧客は「自分には関係ない」と感じてしまいます。
  • 成果だけを伝えて終わる
    「売上○%アップ」「工数半減」と成果を並べても、顧客は「なぜ自分に当てはまるのか」がわからず、会話が広がりません。
  • 質問につなげない
    事例を紹介して終わりにしてしまうと、顧客は受け身のまま。必ず「御社ではどうですか?」と反応を引き出す一言を添える必要があります。

失敗例:一方的な説明になった商談

ある会社の営業担当は、成功事例や解決策を熱心に語るあまり、顧客に質問する前に10分以上プレゼンを続けてしまいました。結果、顧客は途中からパソコンを開いて別作業を始めてしまい、ヒアリングの糸口をつかむことができませんでした。

このケースの教訓は、商談冒頭では「短文で事例を提示」し、顧客に自分事として考えてもらうことが重要だという点です。詳細な説明は、課題が明確になってからで十分です。

海外フレームワークに学ぶ事例の位置づけ

Consultative Sellingの基本

海外で広く使われているConsultative Selling(コンサルタティブ・セリング)は、顧客との信頼関係を築きながら課題解決に伴走するスタイルです。

ここでは、事例は単なる実績の提示ではなく、「顧客に話してもらうきっかけ」として重要な役割を担っています。

具体的には、営業が「同じような業界の企業で、こういう課題がありました」と短く事例を伝え、その直後に「御社ではいかがですか?」と問いかけます。すると顧客は「うちでも似た状況がある」と自分ごとに置き換えて発言し始めます。

事例を問いに変える流れ

ポイントは、事例を使って共感を生む → 質問する → 顧客が語り出すという流れをつくることです。詳細な成果や導入ステップを説明するのは後からで十分。冒頭で事例を提示するのは、売り込みではなく対話を開くための「扉」を開ける行為なのです。

つまりConsultative Sellingが教えているのは、事例は顧客の課題を深掘りするための触媒であり、こちらが語りすぎる材料ではないということです。

日本の中小企業商談での事例活用

海外のフレームワークを学ぶと有効性は理解できますが、日本の中小企業の商談現場には独自の事情があります。

特に「同調圧力」や「前例主義」が強く働くため、“自社と似た事例があるかどうか”が顧客の関心を大きく左右します。

成功事例以外にも方法がある

ここで大切なのは、事例を「成功実績」だけに限定しないことです。むしろ「他社がよく困っている課題」や「失敗しがちな事例」を紹介することで、顧客は「うちも似ている」と共感し、自分ごととして語りやすくなります。

商談での活用例
営業担当

他の会社様からもよくお聞きするのですが、案件引き継ぎのたびに情報が途切れてしまい、結局社長が全部確認し直す羽目になる、なんてことはないでしょうか。

商談相手

それはうちも同じです…。担当が変わると情報が残っていなくて、私がフォローに回ることが多いですね。

このように「よくある困りごと」を切り口にして「御社ではどうですか?」と問いかければ、自然とヒアリングが深まります。

自社事例が少ないときの工夫

さらに「自社の事例がまだ少ない」という会社でも、パートナー企業の事例、業界レポート、公開されている調査結果を活用することで十分に対応可能です。重要なのは「相手の状況とどれだけ近いか」を基準に選ぶこと。自社事例がなくても顧客を自分ごと化させることはできます。

つまり、日本の中小企業商談での事例活用は、

  • 業界や規模の近さを優先する
  • 成功事例だけでなく、困りごとや失敗事例も活用する
  • 自社事例に限らず“近しい他社の状況”を用いる

この3点を意識することで、顧客は会話に乗りやすくなり、ヒアリングが円滑に進むのです。

実践ステップ ― 商談で事例を“問いの引き金”にする方法

ここまでで、「事例は成果を自慢するためではなく、商談相手が語り出すための仕掛け」であることを確認しました。

では、実際の商談でどのように活用すればよいのでしょうか。ポイントは「事例 → 質問 → 相手発話」の流れを意識して設計することです。

  • 短く事例を提示する
    まずは1〜2文で状況を伝えます。成果を強調するのではなく、「同じ規模の企業でこういう困りごとがありました」という形がベスト。
  • すぐに問いを投げかける
    事例の直後に「御社ではいかがですか?」「似たようなことはありますか?」と質問することで、商談相手は自分の状況に置き換えて語りやすくなります。
  • 商談相手の反応を深掘りする
    相手から「うちには当てはまりません」と回答が返ってくることもあります。あくまで、課題の仮説をベースに用意した事例なので全く問題ありません。ほとんどの場合は、何が違うのか、こちらから質問しなくても教えてくれます。事例はあくまで入口。ここからヒアリングが本格化します。
  • 詳細な事例や解決策は後出し
    課題が明確になった段階で、改めて成果や導入プロセスの詳細を伝えます。冒頭で語りすぎないことがポイントです。
商談での会話の例
営業担当

案件の引き継ぎ時に情報が抜けてしまい、社長が毎回確認し直すことになっていました。
御社では引き継ぎの場面で、似たようなことはありますか?

商談相手

実は、うちは引き継ぎはそこまで問題じゃないんです。むしろ困っているのは、案件ごとの進捗をチーム全体で共有できていないことなんですよ。

営業担当

なるほど。情報共有の仕組み自体が課題なんですね。具体的にはどのあたりで滞りが発生しやすいですか?また、それによってどのような影響があるのでしょうか?

このように、事例は“問いの引き金”としてセットで使うことで、商談相手の発話を自然に引き出すことができます。

私が語る理由 ― 営業が苦手だったから気付けたこと

ここまで事例活用の方法を紹介してきましたが、なぜ私がこのテーマを強調するのか。その背景には、私自身の苦い経験があります。

営業が苦手だった頃の失敗

実は私は、もともと営業が得意ではありませんでした。初めて法人営業に携わった頃、商談では緊張してしまい、つい「商品の説明」や「成功事例」を一方的に話してしまっていました。しかも当時は、「顧客の課題を聞き出すことが重要」だという認識がなかったのです。

だからこそ、商談が終わるたびに不思議に思っていました。
「どうして、あれほど成功事例や具体的な手法のヒントを紹介したのに、成約につながらないのだろう?」
この疑問を抱えたまま、モヤモヤとした日々を過ごしていたのです。

気付きを得た転機と仕組み化の必要性

転機となったのは、「相手に話してもらうことこそ営業の核心」だと気づいたことでした。そこで試行錯誤の末にたどり着いたのが、事例を“問いの引き金”として使う方法でした。

短く事例を提示し、「御社でもこういうことはありますか?」と尋ねると、相手が一気に語り始める。すると商談はぐっと双方向になり、自然と課題の深掘りにつながるのです。

この経験から私は、営業が得意でなくても、「仕組み」として事例活用を組み込めば誰でも再現できると確信しました。だからこそ今、コンサルタントとして中小企業の営業チームにこの方法を伝えているのです。

営業・マーケティングの専門家が回答します。
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この記事を書いた人

石田 星斗のアバター 石田 星斗 BtoBマーケティング・営業コンサルタント

成約率改善×営業の仕組み化を支援。商談プロセス設計、提案資料の共通化、ベンダーマネジメント、会議体運用を通じて、誰が担当しても成果を出せる体制を構築。【実績】これまでに50社以上のBtoB企業を支援し、営業力が弱いチームでも年間数千万円規模の新規案件獲得を実現。【経歴】大手コンサルティング会社やWebマーケティング会社でコンサルタントを経験後、独立。中小企業診断士・認定経営革新等支援機関。

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